ギシアンといっても、性的な意味じゃなく、疑心暗鬼になっておりますた。
ここ数日。というか、週末。
なにがあったってわけではなく、単に月経前の情緒不安定みたいなカンジで鬱ってただけですけど。いざ月のものが始まるとすうっとそういう考え方は消えるので不思議なものです。腹は痛いけども。
本当に、脳内がアレになってしまうのか、土曜日は友達と遊びに行く約束があったんですよね。で、予定を立てるためにメールとかするじゃないですか、その時点で結構憂鬱で、この子は本当は私と遊びたくないんじゃないかとか面倒くさいと思ってんじゃないかとかウダウダ考えて、店の予約とかも億劫で、電話出来なくて母親にしてもらったり、それで予約したらしたで、駄目な店だったらどうしようとかネガティブな考えになって。実際お店はリーズナブルでおいしかったですけど、私は酔っ払って若干投げやりな考え方になってて、いや、酔って投げやりになるのは結構あるんですけど、酔いがさめた時の反動も酷くて日曜日は死んでました。酔って失礼な事言っちゃったんじゃないか、とか、奢ってもらったのにお礼のメールとか送らなかったとか、そっからさらに沈んで、もう友達やめた方がいいんじゃないか、私死んだ方がいいんじゃないかとかほんと正気の沙汰とは思えない思考にひたってました。苦笑
寛大な心が人を悪人にするとか、そんな変な方向に考えちゃって、私どんだけ余裕ないんだよみたいな。笑
月経前の三日間は、私は本当にどうかしてるっぽいです。
今は何事もなかったかのよーに復活!私は駄目な子だけどもそれは仕方ない。むしろ駄目な私に周りの人達が優しくしてくれてる事に素直に感謝する!周りが良い人ばっかっていうのはそれだけで幸せな事だぜみたいなかんじで開き直っております。
そんなわけで月曜は行くと約束しておきながら行かなかったカーブスに、明日はちゃんと行こうと思います。
ネガティブな時ってほんとに不思議。何であそこまで、自分にクレームつけれんのかってくらいですよ。自分が気付いてないだけで、自分は本当にどうしようもないのかもしれないとか、欠点を克服するにはまず欠点を知らなければとか、そんな感じでひたすら自分に駄目だししてました。小説とか読んで、私は分かった気でいるけど、この作品の時代背景とか作家の生い立ちとか、全然知らないのに、馬鹿じゃん絶対分かってないよ私!とか一人でうわああああってなってました。
あ、ちなみに林芙美子の『晩菊』とか読んでましたよ。あれはかなり凹みますけど。女として。
設定は五十を過ぎた女主人公が久々に昔の恋人と再会するみたいな話です。一部抜粋↓
「二人の長い空白が、きんには現実に逢ってみるとちぐはぐな気がする。そうしたちぐはぐな思いが、きんにはもどかしく淋しかった。どうにも昔のように心が燃えてゆかないのだ。この男の肉体をよく知っているという事で、自分にはもうこの男のすべてに魅力を失っているのかしらとも考える。雰囲気はあったにしても、かんじんの心が燃えてゆかないと云う事に、きんは焦りを覚える。(中略)長い歳月に晒されたと云う事が。複雑な感情をお互いの胸の中にたたみこんでしまった。昔のあのなつかしさはもう二度と再び戻っては来ないほど、二人とも並行して年を取って来たのだ。二人は黙ったまま現在を比較しあっている。幻滅の輪の中に沈み込んでしまっている。二人は複雑な疲れ方で逢っているのだ。小説的な偶然はこの現実にはみぢんもない。小説の方がはるかに甘いのかも知れない。微妙な人生の真実。二人はお互いをここで拒絶しあう為に逢っているに過ぎない」
女にとって、老いっていうのは本当に恐怖なんですけど、これは読んでるだけでかなり重いです。
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